13.生きる

 

疲れちゃった。ごめんなさい。

 

 

Twitterに疲れたって言ったけれど、少し違う。生きていることに疲れた。その原因のひとつがTwitterで、いつもの自分のペースがわからなくなってしまった。亀なのにうさぎと同じスピードで走ろうとして転んだ。

 

倒れてはじめて「あ、わたし調子悪かったんだ」と気付くことが度々ある。無理しすぎ、どうしてはやく言わないの、と言われるが、的外れだ。無理などしていないし、気付いていないことは言葉にできない。

それでも最近はだいぶマシになってきた。いつも書いている日記が書けなくなっているときは休むべきとき、のように自分なりの基準を設けたおかげだと思っている。

が、今回は何度も感じていた「疲れた」を軽視してしまった。これは良くなかった。

消極的で絡むことも滅多にないし、会ったこともないけれど、それでもフォロワーさんたちがとても大切な存在で。少しでもTwitterから離れたらみんないなくなってしまうのでは、忘れられてしまうのでは、と…見捨てられ不安?っていうのかな。ずっと怖くて。

結果が垢消しとか意味ないよね。急にブログのアクセス数増えてびっくりしちゃったよ、ちょっと怖い。

どうすればよかったのかな。疲れたって気付けたときに、何をしたらよかったのかな。誰かに話せたらよかったのかな。ひたすら休めたらよかったのかな。まだわからないや。

 

コメントを読んで、泣いてしまった。あなたの言葉に涙することが多いよ。口先だけの褒め言葉や優しさじゃないってわかるから、とても心に沁みる。

 

突然垢消しして、もし、悲しませたり傷付けたり困らせたりしている人がいたら、ごめんなさい。自分のペースを取り戻して落ち着けたら、戻ります。戻りたい。みんながいなくなったことを想像してすごく、すごく不安だけれど、いまは自分のことを大切にしてあげようと思います。

 

マシュマロ入りのココアを飲んで、記憶を更新して、寝るね。

 

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とても、美味しかった。美化された記憶なんかじゃなかった。

あの子のお母さんは、お湯を注いで完成、という作り方はしていないと思う。森永の美味しい作り方を参考に作ってみたらあのときの味そのものだった。美味しい。そして、ふわっと溶けるマシュマロ。ああ、しあわせだ。

 

おやすみなさい。